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心残り-養生所見廻り同心神代新吾事件覚

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心残り-養生所見廻り同心神代新吾事件覚

著者 藤井邦夫
発行 文芸春秋 文春文庫
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 湯島天神男坂下で酒を飲んでいた新吾と浅吉は、突然、男の断末魔の悲鳴を聞く。そこから立ち去ったのは、「今、取り掛かっている仕事がありまして」と、重い労咳と知りながら、養生所に入室しようとしない新吾の知る浪人だった。息子と妻を愛する男の悲しき“心残り”とは?書き下ろし時代小説、神代新吾事件覚シリーズ第三弾。 ---データベース---

 このシリーズ、3巻までが毎月刊行というハイペースでの出版でした。3冊でシリーズの主要人物が登場するということなのでしょうか。それでも、新吾とコンビを組む手妻の浅吉の正体はほとんど描かれていません。この巻では、浅吉のねぐらが登場するのですが、具体的な場所を特定する記述はありませんし、会う時は養生所近辺や飲み屋の布袋屋で新吾自身も浅吉のねぐらを知りません。

 そして、比較的ハッピーな終わり方をしていた前巻までに比べて、今回は四話のうち三話が終り方がちょっと悲しい終わり方をしています。まあ、それがタイトルにも現われているのでしょう。ということで、ちょいと大人のストーリーになって来ています。藤井作品は相互のシリーズが関連し合っていて、この神代新吾のシリーズにも、北町奉行所臨時廻り同心の白縫半兵衛が頻繁に登場します。捕り物方として、捕縛方の同心が登場しないと事件は解決しませんからこのシリーズではどうしても必要なキャラクターですが、いい味出しています。

 さて、この巻の章立てです。

●心残り
 小石川養成所に労咳を患った浪人の本間精之助が診察にきていました。本間は2ヶ月前に血を吐いていたのです。本道の良哲の見立てではかなり重い労咳でした。しかし、本間は入所しての療養を拒んでいます。診察を終え、本間は外で待っていた息子の小一郎と供に帰っていきます。今月中に片付ける仕事があるという理由でしたが、気に掛かった新吾は本間の後を付けていきます。

 新吾がいつものように布袋屋で浅吉と飲んでいると池之端の方から男の断末魔が聞こえます。二人は悲鳴の方へ駆け出し、忍不池の水面に映ったその人影が本間と新吾は気がつきます。本間が斬ったのは茶の湯の宗匠の佐川宗風と遊び人の升吉でした。二人が会おうとしていたのは旗本の矢崎兵部、4百石取りの奥祐筆組頭を務めていました。いってみれば諸悪の根源です。で、本間は殺し屋としてその矢崎の抹殺を企んでいました。労咳で先が長くないのを知りつつ、息子と妻に金を残すために死を覚悟の人斬りです。新吾はその事実を知りつつ、立合いの現場では停めることが出来ませんでした。
 
●赤い桜
 療養所に脇腹を刺された女が担ぎ込まれます。おとよという女でした。傷は致命傷ではありませんでしたが、おとよの左肩には赤い桜の彫り物が入っていました。おとよは池之端の松葉という料理屋で仲居として働いていました。そこで働き出したのは2年前で、その前は春木屋という呉服屋に勤めていましたが、押込みに入られ潰れていました。しかし、おとよのことを調べていると診療所の周りに不審な男が現われます。新吾はその男を捕らえ問いつめます。鶴吉というその男は盗賊、緋桜の重五郎の手下でした。鶴吉を問いつめると、おとよはその重五郎の愛人だったことが分ります。二人の間には男の子が一人いましたが里子に出されていました。一方おとよは見張られていることを知ってか療養所を抜け出します。

 そうとは知らず、また一人、不審な男が療養所に現われます。丁度半次親分が居合せ、その男を追います。男が帰ったのは本所林町の仕舞屋でした。ここは川越の茶問屋の旦那の江戸での家でした。点を結びつけるとこの男が緋桜の重五郎になります。新吾達はこの男の動きを見張ることになりますが、そこへ籠に乗ったおとよが現われ、仕舞た屋へ消えます。直後、仕舞た屋から男の怒号が聞こえます。新吾達はいっせいに仕舞屋に飛び込みますが、時既に遅くおとよが重五郎を刺し、おとよも喉を突いて自害していました。息子のために後慮の憂いを取り除いたのでした。そう、おとよを刺したのは息子で僧侶の平吉こと日浄だったのです。

●曲り角
 療養所に百姓の若者がどてらに包まれた女を背負って現われます。男は文吉、女はおきくといい夫婦者でしたが、家は蓮沼村でした。当時、江戸府内は朱引きの内側で、蓮沼村は板橋の向うということで江戸ではありませんでした。しかし、新吾はおきくが江戸にきて患ったことにします。おきくは風邪をこじらせたもので、暫く入室させることにします。分吉はその間、口入屋で紹介された住み込みの人足として働くことになります。ところが、ここで事件が起きます。文吉が居酒屋の女将を殺したかどで、三河町の万造親分にしょ引かれてしまうのです。

 この分吉のために新吾は一肌脱ぐことになります。万造親分はあまり評判のいい岡っ引きではありません。新吾はその辺りから事件の背景を追っていきます。いつものように浅吉に応援を頼み、さらに臨時廻り同心の白縫半兵衛にもいきさつを話します。案の定、万造親分の周辺にはきな臭い噂が漂っています。ここからはかなり、本格的な推理小説になっていきます。作者の本領発揮でなかなかの一編です。この巻で唯一のハッピーエンドの作品です。
 
●残り火
 代官橋の袂で御家人の村井浩一郎が職人風の男に殺されます。しかし、本人は一緒にいた御家人に切られ深手を負いながらも逃走します。その男が療養所に傷の手当に行くかもしれないからと、白縫半兵衛に告げられます。早速診療所に向かうと、案の定一人の男が傷の手当にきていました。男は、黄楊櫛職人の佐助といいました。奉行所の方でも、殺された村井浩一郎の身辺を洗います。これが、あまり評判は良くありません。

 佐助は次の日に療養所をこっそり抜け出します。しかし、かなり深手の傷を負っていますから、途中で倒れてしまいます。そこへ浅吉が通りがかります。療養所へ行けないことを知ると自分の塒で匿うことをします。深い訳は追求しませんが、新吾と会った時の事情から佐助が更に何かを企んでいる事を知ります。もう一人の御家人、矢部真之丞の身辺を見張りますが、この男村井とつるんで佐助の夫婦約束をしたおゆきを手込めにし、それをネタに強請をかけていたのです。それで、おゆきは大川に身を投げていました。

 浅吉は新吾に佐助を匿っていることを話さず、矢部真之丞の仇討を助けます。佐助は見事おゆきの敵を取ります。しかし、矢部真之丞とは相打ちで、命を落としてしまいます。それが為に白縫半兵衛に呼び出されます。しかし、何の御咎めもありませんでした。白縫半兵衛は浅吉が手助けしなければ、新吾が替わりに動いただろうことを告げるのです。

 ちょっと出来過ぎの話ですが、読み捨ての小説としてはこれでいいのでしょう。しかし、シリーズ物としては登場人物のキャラクターが一巡して尻上がりに好調です。



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