星を継ぐもの |
翻訳 池 央耿
発行 東京創元社 創元SF文庫
月面調査員が真紅の宇宙服をまとった死体を発見した。綿密な調査の結果、この死体は何と死後五万年を経過していることがわかった。果たして現生人類とのつながりはいかなるものなのか。やがて木星の衛星ガニメデで地球のものではない宇宙船の残骸が発見された……。ハードSFの新星が一世を風靡した出世作。
---データベース--- 最初に文庫に投入されたのは1980年です。で、手元に有るのは2011年1月発行の第85版、如何に長きに渡って読まれ続けているのかが分ります。もともとは1977年に出版されています。面白いことに、日本では根強い人気があるし、本作に始まる四部作全てが毎年版を重ねている。母国英国ではそこそこ読まれているかもしれないが、米国では名作でも古典でも人気作品でもないじゃない。まあ、英国ぽく小理屈が重ねられていると思わているのかもしれないね。ただ、最初手にした時は、何となくしっくりこないタイトルでサム・オブ・ゼムの作品だろうとしか思わなかったのですが、読み始めると止まりません。原題は「インヘリット・ザ・スターズ(INHERIT THE STARS)」ですから、命令形です。とすれば「星々を継げ」というのが直訳になります。これを日本で定着したこの邦題にしたのは、故ホーガンの版権をほぼ独占した創元文庫と訳者の池央耿(ひろあき)さんに負う処か大きいのでしょう。これもまあ、継げじゃなくて継ぐものとした方が感傷的で感慨深いものにはなっていますし、たしかに読後感は人類に対する使命みたいなものですからこれでいいのでしょう。刊行からすでに35年経ちますが、装幀も当時のまま、新訳もなしにこのままで読み継がれているのだから大ベストセラーなんでしょう。この作品、作者の処女作にして、1981年度の星雲賞海外長編賞を受賞していますし、後に「創世記機械」、このシリーズの第4作となる「内なる宇宙」でも同賞を受賞している重鎮です。しかし、2010年に69歳の作家としては働き盛りで心不全で亡くなっています。
今月の初めに星野之宣のコミック版を取り上げましたが、タイトルとの親和性でいえば、原作の方がはっきりとその意味を汲み取ることが出来ます。ですから、「星を継ぐもの」が月面で発見された「死体(ルナリアン)」の末裔であることがはっきりと示されています。
この作品はSFですが、「スターウォーズ」のようにスペース・オペラではありません。ですから派手にドンパチをやりワープ航法で宇宙を飛び回るなんてことはありません。ひたすら月面で発見された死体を分析し、更には木星の衛星ガニメデで発見された異星人の宇宙船の残骸から得られるデータを分析しひたすらに推論を重ねていくという展開です。手法としては、緻密に計算された推理小説です。
約5万年前の死体が生存していた地球の年代は、丁度クロマニョン人が現われた頃です。この小説では描かれていませんが、この頃アメリカアリゾナ州に巨大な隕石が衝突し「バリンジャー・クレーター」が形成されています。天変地異がこの頃あったのではないかという推論が成り立ちます。で、この小説はこの5万年前がキーポイントになっています。歴史で習った「ネアンデルタール人」は現在の人類とは別の系譜で、歴史的には3万年前に絶滅しています。ここが、この小説の1つのポイントですな。
これとは別に、木星の衛星ガニメデで発見された宇宙船からは異星人が発見されます。この小説ではその正体はあまり明らかにされることなく、その宇宙船の慰留物から推測して、木星と火星の間には10番目の惑星があったとして、その惑星に住んでいた異星人であろうと推測されるのみです。ここで、その10番目の惑星が何故粉々になり小惑星群になってしまったかは、ちょいと飛躍があり、対立する2つの人種の核戦争で吹き飛んでしまったことになっています。ただ、この惑星(ミネルヴァ)は。ある時大気の構成が惑星の活動で陸上生物の生存に適さなくなり、死滅してしまったということになっています。ところが、この時代(約100万年前、アウストラロピテクス)、ミネルヴァ人が地球から生物を移住させているのです。
こうして、ミネルヴァで進化したルナリアンは地球と似たような進化をしていく訳ですな。そして、この惑星と運命を共にするわけですが、鉱物資源の乏しいミネルヴァはそれを奪い合う過程で2大勢力に分離し敵対関係を持つに到るのです。この小説が書かれた1978年は米ソの2局化がまだ健在であった時代です。ソ連という懐かしい表記がこの小説で使用されているのもご愛嬌です。で、2大勢力は死闘を繰り返し対に惑星を破壊してしまうほどの科学力をもつことになります。その片割れがルナリアンという訳ですな。この小説はSFですが、設定の2020年代を舞台にして書かれています。でも、今の予想と違って1970年代のコンピューターは電子演算装置というばかでかいものが主流だった時代です。ですからデータを確認するディスプレイはブラウン管なんですな。こんな処にこの小説の時代を感じてしまいます。
この「星を継ぐもの」は、月面の裏側で宇宙服を着た死体が発見されるところから物語が始まります。この月面の裏側という設定がいいですね。アメリカのアポロ計画で探査された月面はいわゆる表側だけで、裏側はまだ未踏の地です。今までに撮影された写真を見ても、月の裏側は表側とちょっと様相が違います。そこをついた設定なんですね。そして、リアルな描写の中で月の表と裏は表層の近くの厚さが違うという設定を持込んでいます。そして、大胆なことに月は地球の連れ子ではないという説が採用されています。まあ、この説は昔からある処で、その他の惑星の衛星にしても全てこのミネルヴァから吹き飛ばされたものがそれぞれの惑星によってキャッチされたものという説もあるぐらいですからなきにしもあらずでしょう。
読んでいると、あちこちで説の組み立てに破綻がある部分が露呈していますが、ストーリーの組み立ては巧みです。最終章での纏めにはいささか強引なところもありますが、この大胆な結論はSFの醍醐味といえるのではないでしょうか。こういう柔軟な発想こそが新しい学説の萌芽として必要なのではないでしょうか。この小説を読んで宇宙に興味を持ち、SF小説の面白さを体感する人が増えれば、この作品の目論みはその時点で成功しているといえるでしょう。1980年代に本屋大賞があったら、絶対1位に選ばれている作品でしょう。